ただ言いたい事

「出る杭は打たれる」は本当か?/とある組立工の歩み

出る杭は打たれる

皆さんは「出る杭は打たれる」と言うことわざをご存じでしょうか?

一度は聞いたことがあると思いますが、その意味は残酷なモノです。

引用:ことわざ辞典

出る杭は打たれるとは、頭角を現す人は、とかく人から憎まれたりねたまれたりすることのたとえ。また、出すぎた振る舞いをすると非難されて制裁を受けることのたとえ。

 

学校や会社、友人関係などどの場面でも起こりうるのが「出る杭は打たれる」です。

 

私はその昔、勤め先の会長に言われたことがありました。

「出る杭は打たれる。でも出過ぎた杭は打たれないぞ。だから誰も届かないくらい出れば良いんだ。」

 

この言葉をツイッターでつぶやいたところ、数名のフォロワーさんからコメントを頂きました。

「出すぎた杭は切られます」

「出過ぎた杭なのか伸び過ぎた天狗の鼻なのか、見事に折られました」

「過去に叩かれまくって、ほんと泣きながら生きて来ました。出過ぎても打たれます」

 

やはり「出る杭は打たれる」は多くの方が経験していて、しかも「出すぎても切られたり、折られたり、打たれる」ようです。

これでは私が言われた「出過ぎた杭は打たれない」はウソなのだろうか?と思ってしまいますが、、、さてどうでしょうか。

 

本当に打たれるのか?

私の経験上「出る杭は打たる」は本当です。間違いなく打たれると思ったほうが良いです。

でも「出過ぎた杭は打たれない」は半分本当で半分ウソです。

それは、フォロワーさんのように「出すぎても打たれる」人もいれば、私のように「初めは打たれたけど、出すぎたら打たれなくなった」人もいるからです。

 

 

*私が打たれた内容はこちら

  • 悪口や噂を広められた
  • 私の上司に「私の評価を落とすウソの内容」を吹き込まれた
  • 会社側への報告書に名指しで「ダメ人間」だと書かれた

あからさまなイジメはありませんでしたが、これでも辛かったですね。

 

*それでも挫けずにやってこれた理由はこちら

  • 私を認めてくれる上司がいた
  • 協力会社や客先の評価が抜群に高かった

この2点の理由で、私は居場所を失わずにやるべき事に集中できたのです。

 

*私が叩かれなくなった理由は?

  • 圧倒的な「結果」の積み重ねが出来たので、叩いても意味がないと気が付いた
  • 会社側もそれを評価して役職を与えた

今でも妬みや陰口はあると思いますが、それは何処でも良くある話で、私自身や私の環境を著しく脅かすような「叩く」はもうありません。

 

それでは、実際の出来事をお話ししていきましょう。

 

私の歩み

私の体験を話す前にまずは私の特徴について紹介しておきます。

*私が打たれることになった原因に特徴が大きく関係しているためです。

  • 高い目的に挑戦して達成する事が好き
  • 趣味は達成感を感じたいのでストイックで目的が明確なモノ
  • 精神的にタフで逆境に強い
  • 痛さや損は顧みず、粉骨砕身する
  • 自分で考えて行動するので人からこまかく指示されることは好まない
  • 立場関係なく周囲に影響力を行使して自分の世界を良くしようとする
  • 決断力に優れている

*私の特徴はこちらの記事で詳しく解説しております ⇨ 「自己分析で伸ばす能力/苦しかった時の話をしようか」

 

この特徴、、、話をする前から打たれそうな雰囲気が出ていますね。

 

入社当初

私は中途採用で機械装置業界に飛び込みました。

入社した会社の社風は「細かいことは気にせず、やりたいと言えば何でもやらせてくれる」

私は「覚えも悪く鈍い奴」なのですが、この社風は私を欠点を補ってくれて良い部分が伸ばせるので「自分に合っている」と思いました。

入社当時は現場チームに配属で、2年目からは工事の安全会議に代表として出席したり、現場工事の監督、海外出張など入社2年目ではありえないようなことをやらせてもらっていました。それは、当時の上司が私の積極性を買ってくれていたからに他ならないですが、その反面濃い仕事をこなしていると集団の中では目立ってしまいます。

するとどうなるか?

同僚や先輩から妬まれることになります。積極的に仕事をして、自分の主張をしている姿は「生意気」で「ムカつくやつ」だったのでしょう。私も調子に乗っていたと思いますし。ですが、陰口を言われる程度で直接的な危害はなく、雰囲気は感じていましたが上司が私を買ってくれていたので守られていたのでしょう。私に直接「何かをすれば」上司が黙っていませんからね。

 

停滞期

入社から数年後のある日、現場から組立へ部署が移動になりなりました。会社では良くあることです。部署が移動になると言うことは上司も代わることになります。

ここから2年ほど辛かったですね。なにせ課員は全員10歳以上年上で、しかも上司は私とは「合わない」。私を妬んでいた人達が、ワイワイ楽しそうに仕事をしている姿が羨ましかったですね。きっと「ざまあみろ」と思われていたでしょう、この状況でも陰口を言われ続けていましたから。

そして実際の仕事では、皆が嫌がるような組立の仕事やそもそも組立て業務には関わらせてもらえず、配管やダクトの仕事を回されたりしていました。でも救いだったのが、前の部署で幅広く仕事をしていたので、嫌な仕事も配管やダクトも難なくこなすことが出来たので、私にとっては大したストレスではありませんでした。

しかも組立の部署で私にしか「出来ないこと」があったり、前の部署で海外案件を積極的にやっていたので、客先の指名もあって引き続き海外案件の仕事が回ってきて「自分にはこれがある」と自信を保てていました。

ちなみに上司の査定はかなり悪く、賞与も少なかったです。私と同時期に入社した人は大した結果がないのに昇進して「会社ってそうなんだ」「人間の好き嫌いで昇進するんだ」「口が上手い人が偉くなるんだ」と思い知った時期でもありました。

 

変化点

部署移動して2年後、ある変化がありました。

私の所属に私を妬んでいる人(Aさん)が異動してきて、同時期に上司が定年で引退、そして出向から帰ってきた方が上司(Xさん)になったのです。

Aさんは口がうまいのでいろいろな「トークのオプション」があり、私はうまく利用されることが多かったです。一番許せなかったことは、出向から帰ってきたばかりのXさんに、「私がダメな奴で、みんなに嫌われていて仕事はできない」と吹き込んでいたことです。

 

この事実は数年後、Xさんの口から明らかになるのですが、、、。

 

「君に謝らないといけないことがある。申し訳ない。私は出向から帰ってきたばかりで君のことを良く知らなかったので、Aさんに「君のことを吹き込まれて」悪い評価で査定していた。これは間違いだった。私もはじめは、君が「生意気」に思ったこともあり信じてしまったが、本当は一番仕事ができて、リーダーシップがあるのは君なんだ。だから、私はもうすぐ定年になりAさんが君の上司になる予定だけど、Aさんにはその実力はなく君しかいないと思う。この事実を私は会社側に話をしようと思う。あの時は申し訳なかった」

 

数年後に聞いたこの言葉。

上司は良心の呵責に耐えかねて私に話して謝罪してくれたのでしょう。

しかしなぜここまで認めてもらえたのでしょうか?

それは上司でも頭を抱えてしまうような仕事を、私が人を遣いながら難なくこなしていたこと、課員のトラブルの対応を私がおこなっていたこと、皆が嫌がる仕事を進んでやっていた事などが理由でした。

 

しかし、時すでに遅し、、、。実は会社側の人達には「仕事はまあまあやっているが、あいつは悪い所が多いからダメ」とレッテルを張られてしまったのです。Aさんをはじめとした私のイメージダウン作戦によって会社側の人達が「洗脳」されてしまっていたのです。

 

 

これは入社した時の上司だった人に教えてもらったのですが、私は海外案件で仕事をすることが多かったのですが、他部署の課長クラスの人がそれに絡んだ報告書の中で、私の評価を著しく悪くする内容を記述していたのです。この報告書は当然会社側に人達に回覧されるわけで、そう言ったことも私の評価が低くなる要素であったと思います。

 

ちなみに、ロボットプログラム(教示作業)を始めたのはこの頃でした。社内でプログラムを作れる人が一人いたのですが、あまり良い中身のプログラムを作れる人ではなく、その人から30分のレクチャーを受けて引き継いだのです。後は独学で何台も何台もやり続けて実績を作っていきました。そんなことが社内で出来る人が私しかいないので、いい意味で目立ってしまうデメリットがありました。

 

希望

そんな中でも、私が何とか存続できた理由あります。

それは、「協力会社と客先の評価が抜群に高く親しくしてもらっていた」ことです。

なぜ評価が高かったのかと言えば、結果を出していることと人間的に気に入ってもらえたことです。

つまり私は「ダメな奴」ではなく、それはただの妬みであって、外の人から見たら「仕事ができる良い奴」と言うことなのです。

 

そしてそれがどうなるのか?と言えば

会社側の人たちの耳に「私の評判」が届くようになるのです。正直これは無視できないでしょう。

 

例えばこんなことがありました。

海外に納入したマテハンラインが「チョコ停やトラブルばかりでまともに動かない」と会社の運命を左右するクレームがありました。その対応の白羽の矢が立ったのが私だったのです。確か渡航2日前に突然「行ってくれ」と言われたと記憶しています。

実はこのマテハンラインの組立と据付立上げは私は関係していませんでした。普通は関係者か責任者が対応すべきですが、それよりも私の海外案件の実績を評価してのことだったのでしょう。この海外対応は1人で2か月かかり何とかやり切れたのですが、帰国直前に驚きのことが起きたのです。。

それは、客先(日本法人)の部長から私に感謝のメールが届いたことです。

 

「君の噂を聞いたよ。君の活躍は本当にありがたい。ありがとうございます。」

 

お会いしたことのない、大企業の部長からこのようなメールが。そしてこの話は私の会社側にも届くことになるのです。

 

丁度このころでしたね、会長に「出る杭は打たれる。でも出過ぎた杭は打たれないぞ。だから誰も届かないくらい出れば良いんだ。」と言われたのが。

 

躍進

ここまでで話したことは、ほんの一部で過激な内容は省いてありますが、このような経緯で仕事進めてきたのですが決定的に環境が変わる時が来ます。

私が飛び級で昇進することになったのです。しかもその役職では最年少でした。

 

 

私を強く推してくれたのは、「入社した時の上司で私を買ってくれていた人」でした。

そう、本当に自分が間違っていなければ「手を差し伸べてくれる」人がいるのです。私の「考え」「知識」「技術」「リーダーシップ」「実績」などを評価してもらいました。ただの生意気な奴だったらそうはなっていないでしょう。

 

最後に

皆さんは「感謝の気持ち」を持っていますか?私は常に「感謝」を意識しています。それはやはり「手を差し伸べてくれた人」がいて今の私が成り立っていると自覚しているからです。人は1人では生きられません。必ず「誰かの支えや助け」があり生きることができます。

もっと言えば、私を「叩いた人」さえも感謝しています。その人が私を「叩いた」ことで数倍に成長したからです。

 

ちょっとうまくいっているからと言って、調子に乗って誰かを見下したり馬鹿にしてはいけません。もしそのような考えであったら「出る杭を打つ」人となんら変わりません。

そして、感謝するだけでなく次世代の人たちに「手を差し伸べる」側にもなるべきだと思います。自分さえ良ければいいのか?そうではありませんね。自分を「支え助け」てくれたことを、今度は誰かにするべきでしょう。私もそうありたいと常に思っています。

身の程をわきまえて「感謝」を忘れずに。

 

以上です

キーワードを入力してブログの記事を検索

気になるカテゴリーから記事を検索

この記事で満足できない方はGoogle検索

             

⇩ この記事のシェアはこちらから ⇩

-ただ言いたい事

Copyright© 機械組立&制御盤組立の部屋 , 2020 All Rights Reserved.