今回は「「広く浅く」の性格は長所/特有の世界観で決断力が高くなる」についての記事です。
皆さんは広く浅くと聞くとどう思われますか?飽き性で長続きしない、、、とマイナスイメージではないでしょうか?実は私の性格は広く浅くなのですが、最近「広く浅くは悪くない、、、」と感じています。
そこで今回は、「物事への取り組み」に関して「広く浅く」はどうなのか?私の考えをお話ししようと思います。
広く浅くの性格
私は、何をするにしても「広く浅く」で、その逆に人間関係は「狭く深く」です。
そもそも「広く浅く」と「狭く深く」とはどのような意味でしょうか(引用:実用日本語表現辞典)
- 広く浅く・・・知識や趣味、交流関係などについて、広範囲・多方面に及んでいるが、個々の項目に対してはさほど密な、強い関連性を持っていない様子。
- 狭く深く・・・趣味や学問、人づきあいなどについて、対象とする範囲はごく限られているものの、それとの関わり方は非常に密接で濃厚であるような様子を表す表現。
正反対の意味を持つ言葉ですね。
それでは、今回のテーマである「物事への取り組み」に関して、私自身を振り返ってみましょう
一つを極めること
私は、子供のころから何をするにしても「すぐに飽きてしまう」「続かない」性格でした。
時々好きなことに熱中することもあったのですが、それも長続きしませんでした。
続かないけど、いろいろと興味はあるのでとにかくやってはみるのです、、、、でも続かない。
この性格は、現在に至るまで変わっていないのですが、私はこのような「広く浅く」の性格にコンプレックスを抱いていました。
私が抱く、コンプレックスとはなんなのか?
それは、「うらやましい」や「すごい」と言う憧れや嫉妬です。
私の目線では、何かを根気よく続けられる人や熱中している人は、ある分野を極めていて秀でていて、「凄い」と誰からでも認められているように見えます。
このような感情が、「広く浅く」の性格をコンプレックスと感じるのです。
1つを極めることができない自分、、、、広く浅くの性格では、「なんとなく、なんでもできるけど、その一つ一つは誰かと比べれば別に凄いことではない」のです。長く続かないので「何かを深く考え追求する」ことも不得意であるかもしれません。
しかし、このようなことを考えていると、ふと疑問に思うことがあります。
「広く浅く」にコンプレックスを感じている私は「劣っている人間」なのか?
誰しもが、何かにコンプレックスを感じていると思いますが、だからと言って自分はダメなのか、、、、?
私に限った話をすれば、確かに「1つを極める」ことはできていないので、一見「何の取り柄もない人」のように思われるかもしれません。
しかしどうでしょうか?
私は、今までにあらゆる困難に立ち向かい、やり遂げてきました。それは現在進行形です。
それは誰しもが「できること」ではない、、、と自信を持っています。
つまり、「広く浅く」の私はダメじゃない、、、私には「勝っている部分がある」と言うことなのです。
判断は人それぞれの世界観
人は「何か」に直面した時に「判断」を迫られます。
「何か」とは日常的にあらゆる場面で起きていることですが、例えば「行くのか?いかないのか?」「やるのか?やらないのか?」「辞めるのか?続けるのか?」「言うのか?言わないのか?」「食べるのか?食べないのか?」など、私たちはありとあらゆる場面で判断し選択して日々生活しています。
「何かを判断する」ことは、誰もが同じ選択をするとは限りません。
そう、人によって判断の結果に違いがあります。これは、誰しもが感じていることでしょう。私は、人の違いによる判断の違いは、単なる性格や考え方の違いではないと思っています。
それは、年齢を重ね私もそこそこの大人になった今、感じるところなのですが、何かを判断する時の判断基準は「その人の世界観」が大きく影響していると思うのです。
私の考える人それぞれの世界観とは、、、「今までの人生で何を経験してきたのか?」と言うことです。
今までの人生で何を経験してきたのか?、、、、それには時間も大きく関係するでしょう。
時間は全ての人に平等にあり、どのように時間を使っても良いわけですが、「広く浅く」と「深く狭く」の相反する人が同じ時間を過ごした場合、広く浅くの人は「多くの何か」について経験し、深く狭くの人は「1つの何か」を深く経験することになります。
この経験の違い、どうでしょうか?
「浅いが多くの経験を得ている人」と「1つのことを深く経験している人」は世界観の特性は大きく異なると思うのです。その違いが、何かを判断するときの世界観に影響しているはずです。
普段の生活の中で、判断する内容は千差万別、様々です。
過去に同じ体験をしていれば、悩まずに判断できるかもしれません。しかし実際には、そのような事は少なく毎回状況に違いがあると思います。
そんなとき、浅いが多くを経験している人は、判断する選択肢が多く広い視野で決断することができるので、誤った判断をしてしまうリスクが少ないのではないか?と思うのです。
広く浅くの世界観が武器
私は最近になって「広く浅く」で経験してきたことが、自分の強みであると考えるようになりました。
それは、自分の年齢と関係しているようです。
「広く浅く」で30年以上生きていると、広く浅くの経験が全体的に深くなってきている実感があるのです。
これは、「広く浅く」が「広く深い経験」になってきたと言えます。
広く深い経験の世界観によって、何かを「判断」するとすれば、その決断は速くて間違いのリスクが少ないのです。
仕事面を例に説明すると、ここ数年の私は以前よりもトラブルの解決時間が短くなり、後戻りの作業や無駄な労力を費やすことが圧倒的に少なくなりました。
これは、自分の世界観(判断基準)が変わったと言えると思うのです。
しかし、勘違いしてはいけないのは、これは私が年齢を重ねて実感したことであって、20代までの広く浅くの私では到底無理な話しです。
広く浅くを続けてきたからこそ、深さが生まれ、大きな成長となっているのです。
「広く浅く」と「狭く深く」の差
広く浅くが広く深くなった今、「狭く深く」の人たちを超えることができたのでしょうか?
私の答えは「NO」です。残念ながら、そう簡単に上回ることなどできません。
狭く深くの人たちは、何十年もやり続けているわけですから、それはそれである分野ではエキスパートですし、経験していることはやり続けなければ得られない深いモノです。
つまり、「広く浅くの人」と「狭く深くの人」のどっちが優れているとか、劣っているとかではなく、「持っているモノ」が違うのでそもそも比べるものではないと言うことなのです。
では、私が抱いていたコンプレックスは何だったのでしょうか?
それはただの「ないものねだり」だったのでしょう。
確かに、昔を思い出せば、全てににおいて「狭く深い人」に劣っていたと思っていたし、事実そうかもしれない。
しかし、年齢を重ねることによって広く狭くでも、特有の深さが生まれ、それが「何かを行動した時の良い結果」となり、自分の自信となっているに違いありません。
これからの自分
ここまでの振り返りで、「広く浅く」で経験してきたことが自分の強みで、誰かと比べて優劣をつけるものではないと言うことが分かりました。
そう思うと、これからの私は今まで通り「広く浅く」で、やりたいと思ったことをやっていく、そして「自分の世界観」をより広く深いものになると信じて進み続けるべきでしょう。
今後の自分にさらに期待します(笑)
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以上です。