今回は「真空グリスの役割と特徴【フッ素系とシリコーン系】」についての記事です。
一般的にグリスと言えばリチウムグリスのことですが、実際にはその種類はもの凄く多く使用環境によって使分けなければなりません。
その中でも、今回は真空グリスと呼ばれる真空で使用することを目的にしたグリスについてまとめておこうと思います。
記事の目次
真空グリスの必要性
真空と真空グリス
真空とは一般的には「大気圧よりも低い圧力の気体で満たされた空間」と解釈されていますが、視点を変えますと真空は「気体分子が少ない状態」とも考えることが出来ます。
メモ JISで定義されている真空の意味
JIS Z 8126 では真空について下記のように定義されています。
真空・・・通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態
出典:株式会社アルバック 真空ポンプ油・グリース
このような真空環境でグリスによる潤滑をおこなう場合、「真空グリス」と呼ばれるグリスが使用されますが、それにはこんな特徴があるためです。
真空グリスの特徴はコレです。
- 蒸気圧が低い(蒸発しにくい)
- 耐熱温度が高い(耐高温/耐酸化)
なぜ、蒸気圧が低くて耐熱温度が高いグリスが必要なのかと言いますと理由はコレです。
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真空下は大気圧よりも圧力が低いので液体が低温で蒸発しやすい
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真空は気体分子が少ないので熱伝導が起きず摩擦部分の温度が上昇しやすくなる
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高真空/超高真空の装置はベーキングと呼ばれる加熱処理によって真空装置全体を加熱するため非常に高温になる
蒸発が起きれば、潤滑機能が低下し蒸発した物質が空間を汚染することとなりますし、耐熱温度が低ければ油膜切れによって潤滑機能が低下しまうのです。そのため、真空に最適なグリスは真空グリスと言うわけなのです。
ところが、真空グリスは「蒸気圧が低くて耐熱温度が高い」と言う特徴の反面、欠点もあります。
真空グリスの欠点はコレです。
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高価(特にフッ素系は超高価)
- 極圧性が低い傾向があり高荷重には適さない
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真空グリスは粘度が高い傾向があるので抵抗が大きくなる
- Oリングなどのシールの材質と相性が悪いとシールが侵されることがある
このような欠点は十分に理解したうえで使用するようにしましょう。
真空の摩擦
大気圧と真空の違いは「圧力」だけと思いがちですが、実は摩擦に関して大きな違いがあります。
真空で発生する摩擦にはこんな特徴があります。
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大気圧よりも摩擦係数が大きい
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大気圧(10⁵Pa)よりも超高真空の(10⁻⁷Pa~10⁻⁸Pa)では摩擦係数が10倍になる
気体分子やチリホコリは材料に付着して潤滑の役目を果たしていると言われていますが、真空は気体分子やチリホコリが少ない状態なので潤滑作用が低くなります。そのため、真空は大気圧よりも摩擦係数が大きくなり「抵抗」「摩耗」「発熱」が大きくなってしまいます。
なので、「軽微な摩擦を甘く見て給油を怠る」や「摩耗すれば交換すればいいでしょ」なんて考えは危険です。真空ではそのような考えでは大きなトラブルに発展するリスクがあるので特に注意が必要です。
運動用と固定用の塗布
真空装置を密閉するためには、Oリングに代表されるシールが必要になりますが、真空グリスをシールに塗布するときの注意点があるので紹介しておきます。
Oリング
シールへの真空グリス塗布のポイント
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運動用のシールにはグリスを塗布するが、固定用で使用するシールには塗布を控えた方が良い
これは、真空炉のメーカーさんから教えてもらったのですが、一般的に「シールを傷つけない」「シールの馴染をよくする」などの目的で固定用のシールにグリスを塗布しますが、真空環境では真空グリスの蒸気圧は低いと言っても若干の蒸発があり、それが行き過ぎるとグリスの成分が真空を汚染してしまうようなのです。
真空が真空グリスのアウトガス(揮発ガス)で汚染されると、こんなことが起きます。
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圧力が低くならない
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真空ポンプが汚れる
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製品(ワーク)にグリスの成分が悪影響する
このようなことを考えると、塗布をする/しないの判断と高真空や超高真空では特に注意が必要と言えそうです。
真空グリスの種類
シリコーン系グリスとフッ素系グリス
真空グリスの成分を調べてみますと、基油の違いによって2の系統に分けられます。
真空グリスの成分は2種類あります。
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シリコーン系グリス・・・基油=シリコーンオイル 増ちょう剤=シリカ粉末
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フッ素系グリス・・・基油=フッ素系油 増ちょう剤=フッ素樹脂
参考
*基油や増ちょう剤についてはこちらの記事で詳しくまとめています
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グリースの増ちょう剤の種類と特徴【ちょう度の使分けと注意点】
続きを見る
出典:株式会社アルバック 真空ポンプ油・グリース
真空グリスに使用されるシリコーンとフッ素は高分子化合物なので蒸気圧が低く蒸発しにくい(低分子は蒸発しやすい)、ゴムや樹脂を侵さない、耐熱性、耐薬品性、などの特徴があり使用可能温度も共に-50~200℃くらいが目安となります。
と、ここまでの説明だと「どうやって使い分けるの?」と迷ってしまいますよね?実は私も詳しくは知らなくて、普段は何気なくシリコーンの真空グリスを使用していました。
なので今回、真空機器メーカ大手の㈱アルバックさんに問い合わせたところ下記のような回答でした。
シリコーングリスとフッ素系グリスの使い分けはコレです。
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シリコーン系・・・真空容器のシールや潤滑に使用される。
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フッ素系・・・真空容器内の潤滑に使用される。真空環境を汚染しにくい潤滑剤。
このような回答だとフッ素系の方が良さそうに思えますが、実際にはそうもいかない事情があります。
フッ素系のネックはコレです。
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フッ素系はめちゃくちゃ高価。シリコーン系の約5倍の価格です
このような事情を踏まえて考えてみますと、シリコーン系は「低真空(10⁵Pa~10²Pa)」「中真空(10²Pa~10⁻¹)」「高真空(10⁻¹Pa~10⁻⁵Pa)」や「真空容器と大気圧との遮断部分」に使用し、フッ素系は「高真空(10⁻¹Pa~10⁻⁵Pa)」「超高真空(10⁻⁵Pa~10⁻⁹Pa)」や「汚染を避けたい場合」や「真空容器内の潤滑」などに使用すると良さそうです。
フッ素系の人体への影響
フッ素系の真空グリスを取り扱う場合、人体に関わる注意点があるので紹介しておきます。
フッ素系真空グリスの注意点はコレ
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おおよそ300度を超えるとフッ素ガスが発生する
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フッ素ガスは非常に発がん性が高く人体に悪影響
フッ素系グリスは高温環境で使用したり、処分のために燃やしたりすると発がん性が非常に高いガスを発生します。
なので、使用可能な温度領域することと、無暗に加熱したり燃やしたりしないように十分に注意が必要です。
真空グリスのポイントまとめ
それでは、真空グリスの特徴について重要なポイントをまとめておきます。
ポイント
- 真空とは通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態
- 真空グリスは「蒸気圧が低い」「耐熱温度が高い」特徴がある
- 真空グリスには「シリコーン系」と「フッ素系」があり、使用環境によって使分けが必要となる
- フッ素系はおおよそ300度を超えると強い発がん性のフッ素ガスが発生する
以上5つのポイントです。参考にしてください。
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関連記事:【空気圧/油圧】
以上です。